夜が更けて皆が寝静まった頃、私は猛烈な空腹感に襲われていた。
お腹が空いてもはや気持ちが悪い。こんな時間とはいえ、何か胃袋に入れた方が絶対に良い気がする。無論そのまま眠って忘れてしまおうという考えは却下である。
夕飯があまり入らず、明日の朝食べようと持って帰ってきたパンと見つめ合うこと数秒。
せっかくだから外で食べよう。寝床にパンくずが落ちるのもなんか嫌だ。
夜のピクニックというほど大袈裟なものでもないけど、パンと飲み物を持って海岸を目指す。月明かりに照らされた、機帆船がぼんやりと見えてきた。
張られたテントの群れの中を掻い潜るように歩いていると、突然バサリと音がして、悲鳴をあげそうになった。
「ゴメン、驚かせちゃったかな」
テントの入り口から顔だけ出してこっちを見てるのは、羽京だった。くりくりとした瞳で見つめられると、なんだか悪いことをしてるような気になってくる。
「あーいや謝るのはこっちだよね。起こしちゃってごめんなさい」
「ううん。本当はちょっと前から気付いてた」
物音に敏感な羽京は毎晩安心して眠れてるんだろうか。ちょっと心配になった。
「えっと一応なんだけど、こんな時間にどうしたのって、聞いても良い?」
いやもう聞いちゃってるし。
お腹が空いたので、とっておいたパンを夜の海岸で食べようと思った次第であります!
心の中で敬礼しながら仰々しく答えると、羽京はそのままテントから出てきた。もしかしてついて来るつもりなのか。私の問いかけに彼は「はしゃいで泳ぎだしでもしたら困るから」と笑った。
いくら私だってテンション上がって夜の海で泳いだりなんかしない。
「そういうこと言う羽京にはパン分けてあげないよ?」
「いや、それは別にいらないけど」
羽京って結構正直者だ。正直でお節介。
私の気が変わって寝床に戻らない限り彼はついて来るだろうなと分かってしまったので、そのまま海岸に向かうことにした。
「ウソだよ、羽京にもあげる」
いらないって言われても人が食べてるのを見たらいくら羽京でも欲しくなっちゃうかもしれない。それに、こっそりいただく夜食の味を一人占めするなんて、なんだか勿体ないような気がしたから。
「共犯ぽくて良いでしょ」
「あはは、良いのかなぁそれ」
やっぱりお腹に物を入れたらひと泳ぎできてしまいそうだ。冗談のつもりだったけど、羽京は「それはダメ」と大真面目な顔をするのだった。
2020.9.27
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